離婚を望む場合の交渉術(妻からの離婚)

離婚を成立させるための交渉術

妻が離婚を希望する場合

 一度、夫の「不快感情」を引き出し、交渉をはじめる

 調停実務の現状として妻から申し立てた離婚調停は、夫からの離婚調停より成立しやすい面があることは否定できません。妻から離婚を申し出る場合の条件を、項目別に検証してみましょう。

 よくない離婚条件提示  調停が成立しやすい提示
①離婚する ①離婚する
②預貯金をすべて妻の名義に変更 ②預貯金をすべて妻の名義に変更
③自宅は夫がそのまま居住(ローン完済) ③自宅を売却し折半
④慰謝料なし ④慰謝料300万円
⑤子どもの親権者は母親 ⑤子どもの親権者は母親
⑥養育費なし ⑥一人娘の養育費は月額12万円
⑦娘の学費・面接なし ⑦娘の学費・面接は協議で決める
⑧離婚成立まで婚費なし ⑧離婚成立まで婚費月額30万円
⑨別居なし ⑨別居の場合は妻子が実家へ戻る

左の要求では、夫が離婚しなければならない理由はありません。慰謝料も養育費もいらない、ただ別れたいという妻の気持ちに対して、夫は、「それほど別れたいなら子どもを連れて出て行け。望みどおり婚費なんか払ってやらないし、逆に慰謝料を請求してやる」と言い出しかねません。仮に、妻が夫の経済状態に遠慮して慰謝料や養育費を断った左の条件提示であったとしても、逆に夫として父親のプライドを傷つけ、かたくなに離婚をしないと意地をはらせる結果ともなりかねません。

では、右ではどうでしょう。初回調停で、妻から右の内容の要求を受けた夫は、甲考えます。「妻の言いなりになってたまるもんか。離婚なんかしない。預貯金を全部取られるのは悔しいし、自宅を売却するのも寂しい。慰謝料なんか払う理由がない。親権者は母親となるのは仕方ないかもしれないが、養育費12万円は高額すぎる。別居して妻子が実家へ戻った後に自宅でひとり暮らすのはわびしいうえに、毎月30万円も取られるのは不愉快だ」

夫の、この不快感情を引き出した後に、調停の回数を重ねながら、①~⑨の項目について少しずつ妻が譲歩をはじめます。また、調停委員から、「奥さんの言い分は一方的すぎますね、もう少しなんとかならないか説得してみましょう」と伝えてもらってもいいでしょう。

妻が譲歩しながら行う交渉のステップ

 離婚する……これは、終始一貫変わらない条件として、毎回調停入室時に、調停委員へ向け繰り返し伝えます。

  • 預貯金をすべて妻の名義に変更……この条件も調停3回目までは絶対に譲歩しない覚悟で申し出ます。最終的に離婚成立となるときには折半で折り合ってもいいですが、離婚後の生活準備金としてもできるかぎり多く確保するように心がけます。
  • 自宅を売却し折半……自宅へ残りたいと主張する妻も多いですが、家族で暮らす計画で作られた自宅は、母子家庭にとっては広すぎる場合もあります。家が広いと光熱費も余計に必要になるため、効率を考えて新たな住居に引っ越す選択肢もあります。新たな住居を購入する場合は、男性より低額のローンしか組むことができないことが多いため、やはり現金が一番心強い味方です。売却については、不動産業者に見積もりを依頼し、目処をつけておきましょう。夫が売却を拒否する場合は、見積もりにしたがって相応額の現金を分割で支払うように請求します。しかし、妻に十分な収入がある場合には、自宅売却ではなく妻が夫に対して相応額を支払うことにより名義変更を行ってもいいです。
  • 夫から慰謝料300万円……妻から離婚を申し出る場合も、一度だけは慰謝料額を提示してもてもいいです。しかしこれはハッタリに近い提案です。調停委員あるいは夫から色よい返事がえられないようであれば、即座に引き下げる要求です。
  • 子どもの親権者は母親……現在、調停では母親が親権に有利となっているため、譲歩する必要はありません。現在無職で収入がなくても親権は有利にはたらくことが多いでしょう。ただし、労働意欲があることはアピールしておきましょう。
  • 一人娘の養育費は月額12万円……要求額は回を重ねる中で算定表を目安に引き下げます。養育費については、離婚成立後でも子どもの養育が必要なかぎり、あらためて金額変更の請求を行うこともできます。調停調書に記することが重要です。
  • 娘の学費・面接は協議で決める……離婚成立後、娘の成長にあわせて必要となる学費については、そのつど父親と母親が協議して決めることを約束します。別居している場合は、離婚成立まで子どもへの面接を断ってもいいです。ただし、母親の都合ではなく、あくまで子どもの精神的混乱を避けるという理由からの面接延期です。
  • 離婚成立まで婚費月額30万円……あまり積極的に別居の提案を行う必要はないですが、夫がかたくなに離婚を拒み続ける場合は、十分な婚費を定めて別居し、妻の仕事や子どもの環境安定を優先させることも考えます。夫婦関係が破綻しているにも関わらず、意地で離婚しない夫には高めの婚費を要求します。妻子が自宅へも戻らずお金だけが出ていくことの無意味さを夫が感じたとき、離婚に応じることが多いのです。
  • 別居の場合は妻子が実家へ戻る……子どもの転校が不安に感じられるのであれば、実家ではなく自宅近くの賃貸物件へ引っ越してもいいです。夫婦をやり直す意志がないことを明確に伝えたい場合、別居は有効な方法です。

妻からの離婚申し出は有利。余裕をもった交渉を

 日本では、妻からの離婚申し出は、夫からの離婚申し出よりも受け入れられやすいため、それほど多くの譲歩は必要としません。妻に恋人がいるのでないならば、離婚の時期を焦るにではなく、新しい生活の準備期間として落ち着いて取り組むことです。

夫が「離婚交渉を行ったことで得をした」と感じられるような調停の運びとなることが大切です。そのためには、妻自身が夫に直接よい条件を提示するのではなく、調停委員を介して交渉を進める「仕掛け」にして、調停委員に花を持たせる気持ちも必要です。

調停委員から夫へ「奥さんはわがままですね、もう少し譲歩するよう説得してみましょう」との発言があれば、夫は調停委員を信用します。その調停委員が、回数を重ねるうちに夫に対して「妻の離婚意志は固い。今のうちに離婚を決めたほうが子どもとの関係をよく保つことができる」というようなニュアンスで離婚条件を提示してくれれば、夫は、「妻は失うが、子どもの父親であることには変わりない」と満足を感じることができます。一方で調停委員は、妻にも夫にも味方したかたちを取れるので、三者がある程度の満足を得て調停成立に向かうことができます。